管理人のプロフィール
住所:以前は「綴喜郡田辺町大字薪」と有りましたが今では「京田辺市薪」と簡略してます。
年齢:この令和7年6月で、いよいよ83歳を迎えようとしてます。
性格:想像に任せます。
家族:昔から少子化世帯ですが、平成時代からは三世代世帯です。
趣味:興味が有ればツイツイ手出ししてしまいます。数えれば???。目下のところ写真撮影が中心となっています。しかし、我が家の敷地内での庭木の剪定やら草抜き、観葉植物の管理、四季の農作業等で毎日ゆっくりと腰を下ろしてる時間が無い私です。
資格:もう全て賞味期間終了


子どもの頃の記憶は、御多分に漏れづ殆ど記憶には無いが、今の名古屋市昭和区南分の四つ角の南西の一角の二階建ての家のことだけはしっかり記憶に残ってる。未だ防空警報が鳴っていた記憶もある。ある日、警報が鳴り祖母・母・叔母が私を防空壕に運び入れ、逃げ回る鶏を捕まえようと追いかける光景が瞼の中に。逃げ回る鶏が豪の中に入ろうとした際叔母が洗濯板を豪の入口に立てかけ中は真っ暗に。そこまでは・・・多分昭和20年三歳を迎えた程度の記憶。以来我ら母子は、三河の安城に住む。4歳以降は可なりの記憶が脳裏に焼き付いてる。
父が昭和22年にシャムから復員、幸い大阪市の教員に復職。以来私は難波に育ち、江戸で学び、生活の拠点は田辺の里、それから38年教育公務員を平成15年に終え、教育関係に関わる。その後の仕事も9年間京田辺市を最後に辞し地域のお世話を12年。
教育公務員を辞した平成15年、カルチャー教室に通い始め、語学など食いついて見たものの、なかなか上達の域には達せず、なんとなく写真教室に手を染めたところ、人との出会いは不思議なものです。講師の方とマッチしたのでしょうか。誉め言葉に乗ったのでしょうか。公募展に応募を続けること今年で18年。何時しか日本光画会会友に成り会員に推挙、気づけば日本光画会理事を勤めるに至りました。
